はじめから
前回から
ユカの背後からこちらを見つめる女の表情は微妙なものだった。
薄い唇に縁取られた大きめの口はやや口角が上がっていて、微笑んでいるように見えた。
潤んだ視線で憂いをたたえながら、その下の頬骨はふくよかな曲線を描いてデパート内の強すぎる照明を照り返していた。
全身を見ても、細身できれいなバランスだ。身長160cm強の体重45kg前後といったところか。
先日は座っていたし、何より気が動転していたので気がつかなかったが、かなり美しい女じゃないか。
ユカはまだ何か言葉を発しているようだったが、もうそれらはぼくに届いていなかった。
いつの間にかユカからあの女へぼくの意識は移行していた。
そのうちにユカがべそをかき始めると、周囲の空気がもわっと嫌な匂いを含んだ。
匂いだけじゃない。空気が凝縮された質感を伴って息苦しさを感じた。
目の前のユカと、その後方10m先の女と、嫌な空気に締め付けられるぼくと、どこに意識を置けばいいのかわからない。その混乱に吐き気すら覚える。
決して大げさではなく、生命の危機みたいなものを感じて足早に下りのエスカレーターに向かった。そのまま駅構内まで降りて、改札を抜けようとするとチャージ不足で足止めを食らった。
くそ、こんな時に。
切符を買っている暇はない。一刻も早く、出来るだけ遠くに逃げなければ。
と思ったのも束の間、肩を叩かれてまたも振り向いてしまった。
「もうやめましょう」と例の女が言った。
「そんなに逃げ惑っても、行き場がなくなるだけです」とも言った。
女は近くで見るとより美しく、なによりその声が慈愛に満ちたもののように感じられた。
ぼくはそれまでと打って変わって、逃げ出すことが出来なくなっていた。
続
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